毛皮は素敵だと宣伝されればされるほど、不適当な手段に頼って、心の底では悪いと信じている行動を正当化してしまうファッションアイテムが増える。毛皮問題が取り上げられているのは、毛皮人気復活のしるしというよりは、そもそも、ファッションには毛皮をたびたび争点に押し上げるだけのパワーがあるという証拠である。実際に毛皮を着ることが正しいか開違っているかという問題は、そうしたごまかしの中で見失われてしまうようだ。ファッションの魔法の下では、正邪の基準が曖時になる。優れたアートのように、ファッションも、ぎりぎりの冒険をした時に最高のものとなることが多い。しかし、時に一線を越えて、個人や団体、宗教、果ては文化全体までも不愉快にさせてしまうことがある。悪気のない言動であっても、『政治的に不当』であるために過敏な人々を怒らせてしまうというような例はわかりやすい。しかし、ある集団が大切にしている信念やシンボルを利用して儲ける企業のことはどう考えたらいいのだろうか。たとえば、ジーンズのお尻に仏陀をプリントするデザイナーのことは仏教徒から、自分かちの宗教への冒涜行為だという抗議が来たら、その会社の商品を店頭から引き揚げるよう強制するべきなのだろうか?