10年以上前のある日、苦学生の私は友人から数10ドルで譲ってもらった自転車に乗りながら、研究室のあるアッパーイーストサイドを出発した。時間は午後7時過ぎ、サマータイムのニューヨークの夏はまだまだ暮れない。金曜の午後は楽しい週末に向けて、家路を急ぐ車の渋滞がひどいバーターアベニューで、1台の車がホーンを鳴らし始めた。連鎖反応のように次々と車のホーンが鳴り響き、一種独特な喧噪感が街中を覆う。私は車で溢れ返ったこのニューヨークーの目抜き通りを気ままに自転車で突っ走り、陽気な春の風が故郷をめざすように南へと向かって行く。マンハッタンの街は思いのほか狭い。私の住処だったアッパーイーストサイド、63T目から『自由の女神』のそばにあるマンハッタン南端のバッテリー・パークまで、自転車で30分もあればたどり着くだろう。私はなかなか進まない研究課題を持てあまして、気分転換を図るために自転車に乗ってとにかく南へ南へと走り出していた。当時、薄給の研究生の私にできるささやかな楽しみ。それは活気づくニューヨークの街並みを自転車で探索することくらいだった。パークーアベニューは歴史のあるビル群が軒を連ねる。ここに住処を持つことはアメリカ人たちの成功の証、名ピアニスト、ホロウィッツや映画監督、スピルバーグなどの高級マンションを垣間みながら自転車を走らせて行くと、旧パンナムービルの大きな看板が見えてくる。私はすでにニューヨークの中心部、グランドーセントラル駅の近くにいた。グランドーセントラル駅の近くまで来ると、車の流れも次第によくなっていた。道端に止まる黄色いスポーツカーが目についた。その車の中から、派手な服装の金髪女性が身を乗り出しているではないか。のろのろ走る車と大差ないスピードで自転車をこぎながら、その黄色いスポーツカーの横を通り過ぎた。「今の派手な女性はいったい誰なのだろうか?」と思いながら、もう一度後ろを振り返ってみると、道行く他の高級車たちに声をかけていた。彼女が高級娼婦であることに気がついた。ニュー‘ヨークは金融の街、ユダヤ系出身の豪商たちがお金を牛耳る世界である。お金があれば何でも手に入る。まさに資本主義の爛熟した欲望の最たる街という一面を持つ。腹ぺこの私はポケットに入った数10ドルを握りしめ、安くておいしいものを食べられる場所を探すために自転車をこぎ続けた。グランドーセントラル駅を抜けると、右手にはエンパイアーステートビルが見えてくる。エンパイアーステートビルのふもとは韓国人街なので、焼き肉など東洋人の好きな食べ物にありつくことができる。前方を見ると彼方にワールドートレードセンターが望まれる。焼き肉にも心が揺れたが、そのままバーターアベニュー‘をまっしぐらに突っ走った。理由は簡単、このまま南下するとイーストービレッジと呼ばれるエスニック街にたどりつく。ニューヨ!クはエスニック文化のるつぼで、特にイーストービレッジはインド人、スラブ人、アラブ人など、あまり裕福でないマイノリ一耳1の集落だ。ここに安くておいしい料理を食べられるポ圭フンド料理店があるという話を同僚のポ圭フンド系研究者から聞いていた。その店に着くと、入口近くのカウンター席に座った。店内は至って簡素な安っぽい作りだが、店の中にはおいしそうなスープの香りが漂い、食欲をそそってくる。私のおなかが鳴った。お客さんはポ圭フンド系の労働者たちだろうか?東洋人の私が入ってきても見向きもしない。注文したのは鶏ガラの効いた野菜スープにパン。これが定番料理らしい。量は労働者用Lサイズ、ボリュームあふれるスープとぎっしり肉の密度を感じる香ばしいソーセージだ。あっという問にお腹はパンパンになった。値段は3ドルちょっと。これなら毎日通いたいくらいだ。